『TOPPOINT』誌 2008年3月号より

驚異の超大国 インドの真実
インド人だからわかる! ビジネスの将来性と日本人の大誤解
近年、急速に発展するインド。その実態は、どのようなものなのか? 日本生まれのインド人ビジネスマンの著者が、我々にとってはまだまだ馴染みの薄いこの国の真の姿を紹介する。
インドの製品は、中国の製品と比べて必ずしも安くない。それは、人件費が中国と同等かそれ以上であり、資本主義国のインドでは製品価格にきちんと利益が計上されるからだ。
今、米国では、自国より費用が安く、優秀な医師、最新鋭の設備が揃ったインドへの医療ツアーが人気を集めている。
インドでは、オリジナル医薬品のコピー製品である「ジェネリック」を武器に、医薬品産業が成長を遂げた。
インドの弱点は、インフラが整っていないことだ。そのため、個人としては裕福な人が多いのに、国としての状態は貧しい。
インドでは、国外のインド人に対してもインド国籍を有するのと同様の権利を与えている。この制度が、国外に出た優秀なインド人を呼び戻すことに貢献している。
「印僑」のネットワークは、世界中に広がっている。
インドの財閥は、勝ち組と負け組がはっきりしてきた。現在もなお成長している財閥は、企業の効率化を進め、外部から社長を招くなどして、健全な経営を実現している。
インド人は手先が器用でないため、人手を要する製品を作るには不向きな国である。
インドは欧米型の契約社会なので、日本人がインド人とビジネスをする際は、欧米人を相手にしていると考えればよい。
日本とインドは、各々の長所と短所がうまくかみ合う国同士である。従って、一刻も早く手を取り合うべきだ
 

■大国インドの実像

数年前まで日本は、インドに無関心だった。それが今では、中国に対するのと同様、経済、軍事の分野において脅威を感じている。
このインドに対する無関心や警戒心は、全て同根から発している。それは、インドについての無知である。
旧来の発展途上国というイメージ、あるいは最近のIT先進国というイメージ。それだけで今日のインドは語れない ―― 。

●インドの人件費は本当に安いか?
10年前、日本の多くの衣料品メーカーが、インドの製品を輸入したがっていた。その理由の1つは、「インドの製品は中国製品と同等か、それ以上に安いのではないか」と考えていたことだ。
だが、それは誤りだった。インドの製品は必ずしも安くない。インドの人件費は中国と同等か、高い技術が必要な分野ではそれよりも高いからだ。
加えて、場合によっては利益を計上せずに売り値をつけられる社会主義国家の中国の製品と違い、資本主義国家のインドの製品にはきちんと利益が計上される。そうすると、売り値は当然高くなる。
インドの経営者や労働者は、国家や地方自治体から援助を受けているわけではないのだ。
だが、中国と比較されることによって、インドは自らが生き残る道を見定めた。価格競争ではなく、仕事に付加価値をつけることを選んだのだ。
労働力に多くを負うビジネスでは、しばらくは中国が強さを示すかもしれない。ただ、よりクリエイティブな能力が要求される場面では、インドが中国に遅れを取ることは決してないだろう。

●国境を超えるインドの医療技術
今、米国でインドに関わるものとして最も人気を集めているのが、インドへの医療ツアーだ。
米国では、公的医療保険制度がないから、肝移植手術などを受けると数千万円もの費用がかかる。ところがインドでなら、その5分の1以下の費用で済むことさえあるのだ。
実は、米国の医師の約38%はインド系の人々である。そうした点からも、米国人がインド人医師に治療されることに不安を覚えることは少ない。
それに、1991年の経済自由化以前から、医療分野だけ例外的に民営化が進んでいたため、国際的な基準に照らしても、インドの医師は優秀であり、医療設備も最新鋭のものが揃っている。
例えば、インド国内に40軒以上もあるアポロ・ホスピタルズでは、リゾートホテル並みの環境で最先端の医療技術を提供している。
このように、医療はIT産業に次いで、インドが最も得意とする分野の1つなのである。

●「ジェネリック」から「ブランド」へ
医薬品も、インドで成長している産業の1つだ。2005年の医薬品業界全体の売上高は約5270億円。金額ベースでは世界13位ながら、数量ベースでは世界第4位とも言われている。
このインドの医薬品業界の発展に大きく寄与したのが「ジェネリック」である。ジェネリックとは、最初に開発・販売された「ブランド」と呼ばれるオリジナルの医薬品の、いわばコピー製品だ。
インドの製薬業界がジェネリックを武器にできたのは、同国では医薬品に関して「製品特許」がなく、「製法特許」のみが認められていたという特殊な背景があった。そのため、国外では特許で保護される製品も国内では生産できたのである。
しかし、05年には医薬品も製品特許の対象となり、インドの製薬業界もそれまで以上にブランド薬の開発に本腰を入れ始めている。
また、ルピンが日本の共和薬品工業を買収したように、大手製薬会社は国内外の製薬会社に対し積極的にM&Aを働きかけている。

●テクノロジー先進国インドの弱点
今後、さらなる経済的発展が見込まれるインドだが、この国にも弱点がある。それはインフラだ。
道路や鉄道、上下水道、電気、電話などのインフラの整備は、経済の発展には欠かせない。
ほとんどの場合、インフラは政府や地方自治体の公共事業として整備される。だが、各州が強い権限を持ち、多くの宗教や価値観が存在するインドでは、インフラ整備に必要なコンセンサスを取りまとめるのに非常な困難が伴う。
その上、納税を大きな負担と感じる人が多く、インフラ整備を賄う税収は上がらない。そして一般の人々も役人も、公共の道路よりも、自分たち専用のヘリコプターなどにお金を使うことを選ぶ。
その結果、個人として裕福な人は多いのに、国として貧しい状態が生まれてしまう。
国土全域にインフラが整備されるまでは、インドは真の先進国とは認められず、開発途上国の雄という位置づけに甘んじざるを得ないだろう。

■Uターン組が牽引するインド経済

1960〜70年代に海外に留学後、そのまま現地の企業に就職し、91年の経済自由化以降再びインドに戻ってきた人々 ―― いわゆるUターン組が、現在のインド経済を牽引している。
高い知性と成功への旺盛な意欲を武器に、実力主義の欧米社会で結果を出し、当初の目標をかなえた彼らが次に目指すのは、インドという国家を豊かにすることだ。

●「人は財産」と考えるインド特有の制度
Uターン組も含め、国外に出たインド人、あるいは元インド人の数は数億人を超えるだろう。
そうした中で、インドは国外に居住するインド系の人々にも、インド国籍を有するのと同様の権利を与え、証明書まで発行している。それが、「ノン・レジデント・インディアン(NRI)・カード」(海外居住インド人証明書)だ。
選挙権こそないが、NRIであることが認められた人々は、税金の免除等様々な優遇を受けられる。
優秀な人々をインドにUターンさせる上で、このNRIの制度は大きな役割を果たしている。

●世界に広がる「印僑」のネットワーク
長期にわたって海外で暮らす中国人とその子孫のことを「華僑」というが、そのインド版がNRI――「印僑」である。
印僑は、旧大英帝国と関わりの深い地域を中心に、世界中に拡散している。
また印僑は、インドという国の複雑な構成要素を反映して、多くのグループに分かれている。
もともとインドでは、出身地域や宗教を同じくする者同士のビジネス・コミュニティーが発達していて、彼らがインドを出たとしても、そのコミュニティーがそれ以降も印僑同士、あるいはインド国内の人々との間を強く結び続ける。
インドには、有名なタタをはじめ多くの財閥があるが、それらもまた特定のビジネス・コミュニティーを母体として生まれたものだ。
印僑たちは世界中の様々な場所で、同じビジネス・コミュニティー出身の者同士で集まり、情報を交換する。こうしたコミュニティーが人々の絆を強め、経済の上でも大きな役割を果たしている。

●インド財閥の勝ち組と負け組
インドには大小合わせて20ほどの財閥がある。これらの多くは、イギリスから独立する際に、様々なインフラ事業を手がけることで成長した。
だが、ここにきて明暗が分かれてきている。
現在もなお成長している財閥は、海外で教育を受け、Uターンで戻ってきた子供たちに各企業の効率化を進めさせ、さらに外部から社長を招くなどして、健全な経営を実現している。
例えば、勝ち組の最たるものであるタタ・グループはその1つである。
他で目に付く財閥といえば、リライアンスだ。リライアンスは別名「アンバニ財閥」とも呼ばれ、現在はムケシ・アンバニ、アニル・アンバニの兄弟が総帥を務めている。兄弟ともに、米国でMBAを取得したUターン組だ。
一方、ビルラなどの古い財閥は旧態を脱しきれていない。外部から経営陣を入れるのに消極的で、既得権益に頼るビジネスでは、発展が望めないどころか、生き残ることさえ難しいと言えよう。

■インドと日本の間のギャップ

日本のメーカーが品質管理に厳しいのは、日本の消費者が良質な製品に慣れているからである。
欧米では、その製品の求められている機能そのものに支障が出るほどの欠陥でなければ、ほとんど問題にされず、見過ごされてしまう。
インドではそこからさらに一歩後退して、求められている機能さえ働けば、何も問題にされない。
そう考えると、インドは近い将来、製品に対する価値観を欧米とは共有できる可能性が高いが、日本と共有することは難しいように思える。

●手先が不器用なインド人
つまりインドは、人手を必要とするものが多い、日本向けのコンシューマーグッズ(消費者向け製品)を作るのにふさわしい場所とは言えない。
インド人は日本人やベトナム人ほど手先が器用ではないし、また性格的に繊細さや持続力もあまり持ちあわせていない。そのため、人手を経るものについてはバラツキ、ブレが生じやすい。
だが、工業製品となれば話は別である。
工業製品は一度完璧な製品を開発すれば、後は機械制御で大量生産できる。インド人お得意のテクノロジーの側面が強くなるのだ。実際、工業製品については、日本向けにも多く輸出されている。

●インドは欧米型の契約社会
インドと欧米の共通点は、製品に対する価値観だけではない。例えば、両者ともに契約社会だ。インドでも欧米同様、あらゆることを文書にする。
では、日本はどうか。表面上は欧米流の契約社会が成立しているように見えるが、重きをなしているのは情緒的な人間関係である。だから、契約書は作られても、明文化されていない事項が多い。
それゆえ、インド人が日本人と取引をする場合には、行き違いが起こりやすい。
一方、インド人が米国人と取引する場合には、そうしたことはほとんど起こらない。
つまり、ビジネスの観点から見れば、インド人の感覚や手法は欧米人のそれに似通っているのだ。
だから、日本人がインド人とビジネスをする際には、難しく考える必要はない。欧米人を相手にする時と全く同様に物事を進めればよいのである。
ただ1つ注意すべきことがあるとすれば、米国人と違って、インド人ははっきり「ノー」と言う人たちばかりではないということだ。それは、肯定、否定を意味する動作にも端的に表れている。
「イエス」と言う時、米国人や日本人は首を縦に振るが、インド人はゆらゆらと横に振る。「ノー」と言う時、米国人や日本人は横に首を振るが、インドでは「ノー」を意味する動作はない。
だから、特に「暗黙の了解」という文化を持つ日本人は、この「ノー」と言わないインド人の気質は覚えておいた方がよい。一歩間違えば、予想外のトラブルを招き、ダメージを負いかねない。

■これからのインドと日本

日本がインドと良い関係を築いていくためには、まず、これまでの既成概念を取り払う必要がある。そして、インドの一部に触れたからといって、インドの大半を理解したと考えるのは厳に慎む。
インドには複数の人種、多くの宗教、さらには100種類もの言語が存在する。その上、州の権限が強いために国家としての単一性は乏しく、どの分野でも実に幅広い多様性が見られる。
とにかく、インドを理解しようと努めるのなら、まず多様性を踏まえることを出発点とすべきだ。
その上で、両国は一刻も早く手をつなぐべきである。インドと日本にそれぞれ何があって何が足りないかを思い起こせば、両者の凹凸はぴったりとはまるのがわかるだろう。
インドには、広い国土、豊富な資源、教育水準の高い労働力があるが、インフラがない。日本には技術力、経済力があるが、安価な労動力がない。
もし両者の長所を兼ね備えている国家があったとしたら、少なくとも経済面においては最強だ。
すでに米国は自国の短所をインドの長所によって補おうと、インドに触手を伸ばしている。しかし、本来であれば、資源や人口で米国に劣る日本こそ、インドの長所を有効に利用すべきだ。
世界を地勢的に見ると、アジアの東の壁が日本で、西の壁がインドだ。この2つの壁が、その中にある中国やASEAN諸国を巻き込んだ時、時代の主導権は欧米からアジアにシフトする。
しかし残念ながら、日本政府や大半の日本人はそれに気がついていないのである。


 

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